いつも遊びに来てくれてありがとうございます✨
このブログは、鶴間のPlace×Place(プレイスプレイス)というダンスホールのお知らせと、斉藤君のくだらない話を書いたりしています❗
気付きました。
謙虚、謙遜というのは使い方間違うとダメなんだって…。
僕は基本的にフォーマル(?)な場面では謙虚なキャラクターに強制的になってしまって、何を褒められても「いえいえ💦」と謙遜していました。
これはこの間、同級生に言われたことですが
「こっちがせっかく褒めてるのに、それを否定されたら嫌でしょう?」
と。
謙遜してるつもりが間接的に相手を否定してることになるという理論ですね。
確かに…💧
それに加えて、自分の(実は)自信がない部分まで謙遜してしまうと生物的に弱くなっちゃうんだと思いました😢
そういうホルモンというか、脳内物質みたいな…?
繰り返せば繰り返すほどそういうのの影響で、弱さに磨きがかかっていくような✨(´Д`|||)
だから、自分の自信がない部分について何か言われたり褒められたりした場合、謙遜してはいけないんです❗
もう今後は反射的謙遜は、無差別テロと同じだと考えることにします((((;゜Д゜)))
では謙虚であってはいけないのか?
というとそうでもありません。
「私東大卒ですけど、なにか?」
「年収1000万円のエリートですから。」
みたいな言い方されるとイラッとしますよね😅
そこまでではないとしても、さらっと自慢したくなるときは誰にでもあります。
承認欲求を抑えるのは難しいですから…💧
それを素直に言って相手を不快にさせてしまっては、承認欲求どころかむしろ嫌われてしまいます💦
そういうときにこそ謙虚さを発動するべきなんです💡
自分の強みだからこそ謙遜するんです。
自信があるからこそ、弱みを見せる。
そうするとただの嫌み混じりの自慢ではなくなりますし、弱さをさらしても大丈夫なほどにまで自信を持っているという証明にもなります💪
本当に自分の長所・強みだと思っているからこそ、謙遜できるというのが正しいあり方ですね!
強いからこそ弱さを見せられる。
それが本当の強者なんだと気付きました❗(゜ロ゜)
そうなると、僕が謙遜できるポイントは3つくらいしかありませんね…💧
全く謙遜できる機会がないじゃないか!Σ(゜Д゜)
ふむ。
つまり、まだ謙虚になるな。ということでしょうな💃
逆に今までと同じ頻度で謙遜できるようになれば、もはや自信の塊みたいな存在になれるということです💡
無差別テロ、禁止!!🈲
それでは鶴間で、またお会いできることを楽しみにしています✨