けんぴいダンス

社交ダンスホールPlace×Place(プレイスプレイス)in鶴間の紹介ブログ

才能についての仮説

僕はずーっと自分のことを不器用だと思って生きてきた。


能力が高い人を羨ましく思い、なぜ自分には何もないのかと悩んだこともある。


才能がないことがショックで、いつしか諦めてた。










今いろいろ考えると、やっぱり、才能なかったなと思う。


才能という考え方に対して、最近新しい視点を得た。









漫画家になりたくてアシスタントになったけど、忙しすぎて自分の好きな漫画を描く時間がないとか。

寿司職人になりたくて板前見習いになったけど、1年以上皿洗いしかさせられてないとか。





どんな仕事についても「私がやりたいのはこんな仕事じゃありません」という話は必ずあるはず。


それで辞めてしまう人がいる中で、望んでいた姿と違うことをさせられていても辞めない人もいる。


しかもその内の一部は、なぜか苦にも思っていないとか。

そういう人はその道の才能あるんだろうなって思う。










つまり才能っていうのは「やめないこと」。




自分の漫画を描く時間はないけど、漫画の仕事に携われて幸せ!

皿洗いしかしてないけど、寿司屋という空間でお客さんに幸せ与えられるなんてすごい!





とか、もっと大きな希望がある人は、目の前の作業も苦にならないらしい。





そう考えると何だかんだダンスを続けてきた僕も、ダンスの才能あったと言えるのかも。


運動神経もリズム感もないんだけど…💧







リボンさんだけやってた時代から比べるとお店を開いて、仕事量もお客さんのやり取りも増えた。


でも今はそこまで大変だと思ってないから、それなりにダンスアテンダントとしての才能はあったということではなかろうか?






まあ、そういうことにしてしまえばいいね❗








だから、ブログを書く才能もあるってことだ。

毎日続けてるわけだから。



(昨日は1記事しか出してないのは内緒♥️)











正直、ダンスもブログもずっと楽しかったわけじゃない。


「もういいかな…。」

と思ったこともある。





でも続けてこれて、苦に感じることもなくなった。



もしかしたら才能って、後天的に得られるものもあるのかもしれないね。









そうしたらよ?




やめずに続けられることがあるなら、それは才能に成り得るよね。


もしかしたら本当に欲しいと思っている才能すら後天的に手に入れるチャンスがあるってことよ。





















こんなブログなんか読んでないで、今すぐやりたいことやった方がいいよ笑😁